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広島高等裁判所 昭和23年(ツ)10号 判決 1948年12月25日

上告人 原告・被控訴人 三枝信二

訴訟代理人 君野順三

被上告人 被告・控訴人 佐藤サワ 淺野博

主文

本件上告はこれを棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

本件上告趣旨は末尾添付の上告理由書謄本記載の通りであるからこれに対して当裁判所は逐次左の通り判斷する。

上告理由第一點に対する判斷

いわゆる引揚者中には、縁故をたどつて一時雨露をしのぎ、漸次住居の安定を得んとする者も幾分あることは顯著であるけれども、およそ引揚者の全部がことごとくかゝる事情の下にあることは顯著な事實とはいえない。従つて、上告人主張のその近親者が引揚者であるとの理由で当然ことごとくかゝる事情の下にあることは裁判所に顯著な事實であるとして証拠によらずしてこれを認定せねばならぬものではない。引揚者である上告人主張のその近親者各人が、かゝる事情の下にあることを主張する上告人において、その事實を立証する責があることは論を俟たない。原審もまたこの見解の下に所論事實は上告人の全立証によるも認め難いと判示したのであつて、所論の如く立証書任を転倒した違法はないのみならず、原審は右判示のみによつて上告人の主張を排斥したものでなくて、更に挙示の証拠資料により上告人主張のその近親者は全部現に一応住居を定めて生活しており上告人においてこれ等の者に本件家屋を使用させねばならぬ必要のない事實を適法に確定し、以つて上告人の主張を排斥したものであることは判文上明かであるから、原判決には所論のような採証の方則を誤り不法に事實を確定した違法は存しない。所論は採用の限りでない。

同第二點に対する判斷

戰災による家屋の燒失毀損強制疎開による建物の取毀ち、外地からの引揚による人口の増加等諸種の原因のため、未曽有の住宅難を来し、他方インフレの昂進その他の理由による国土の復興は遅々として渉らず、故に全国的に複雑深刻な住宅問題を惹起している現在の国情の下においては、国民はこの現状に深く思を致し相互扶助の崇高な精神を喚起し、お互に困苦缺乏に耐え忍んで、住宅難緩和に努力すべきは勿論である。家主たる者はよくかゝる精神を体し、公益的社会的見地から客観的に見て、家屋の明渡を求める必要性ある場合は格別單に主観的に明渡を求める必要ありと考えたのみをもつて解約に藉口し借家人に対しその明渡を強要すべきでない。借家法第一條ノ二の規定もこの趣旨の下に設けられたものであつて、同條にいわゆる解約につき正当の事由ある場合とは、家屋の賃貸人が主観的にその明渡を要求する必要があると考えただけでは足らず、賃貸人賃借人双方の立場を考え双方家屋を必要とする程度、解約によつて生ずる双方の利害得失等を比較考慮し、更に進んで公益その他諸般の事情を斟酌して衡平に判斷した公益的社会的見地から、客観的に解約につき正当性が認められる場合でなくてはならぬと解すべきである。本件につき原審は上告人主張の解約事由は同法條にいわゆる正当の事由に該らぬと判斷し、上告人の本訴請求を排斥したものであることは明らかである。その理由の説示が頗る簡單粗略であつて、その意を盡さないうらみがある。しかしその判文を繰り返し熟讀考察すれば、原審もまた以上説示と同一見解の下に本件解約事由につきその正当性を否定したものであることが了解できないでもない。即ち、原審は上告人が本件家屋の明渡を必要とする理由であるその親族等をこれに居住せしめるということは、その親族等が現に一応一定の住居を定め、それぞれ生活しているのであるから、その居住が一時的であるか継續し得る安全性のあるものであるかを問ふことなく兎に角現在はその必要がなくなつたのであると認定し、従つて上告人が本件家屋を必要とする程度とその明渡により勿ち居住を失ふことの明らかな被上告人がこれを必要とする程度も比較考量し後者が前者よりも家屋を必要する程度が高いものであると考え、なおかかる事情の下においては、上告人の親族等もたとえ現在の居住が不自由であつても、これを耐え忍ぶことこそ相互扶助の崇高な精神を具現することに外ならずして、現下の住宅難緩和に寄與するものであると解し、公益的社会的見地から本件解約申入事由はいわゆる客観的正当性がないと判斷したものであることを窺い知ることが出来る。もとよりかかる判斷は正当である。それゆえ、本件解約事由が正当であるか否かを判斷するにつき所論の如く上告人の近親者の居住が継續しうべき安全性があるや否やを明かにすることは必ずしも必要でないと考えられる。原判決には所論の如き違法はないから論旨は採用し難い。

同第三點に対する判斷<省略>

以上の理由により本件上告論旨はいづれも理由がないから民事訴訟法第四百一條第八十九條第九十五條を適用し主文の如く判決をする。

(裁判長判事 小山慶作 判事 和田邦康 判事 石田哲一)

代理人君野順三上告理由

第一點原判決は裁判所に顯著なる事實を無視し不当に事實を確定した違法がある即ち上告人の近親者が終戰後滿洲或は朝鮮等より引揚げて来てゐる事實は認めるが上告人に於て特に本件建物を使用せしむる必要ある點を全立証によるも認め難き旨判示せられたが現今住宅難の甚しき状勢下で引揚者は縁故を辿りて一時雨露を凌ぎ漸次住居の安定を得んとせることは世上顯著なる事實であつて斯の如きは特に立証を要せず寧ろ之れを否定せんとする側に於て立証の責任あるものと謂はねばならぬ故に上告人の立証によりて之れを認むることを得ないと云ふのは全く立証を要せざる裁判所に顯著なる事實を無視したもので之れによりて上告人の主張を排斥した原判決は採証の方法を誤りたるものと信ずる

第二點原判決は理由不備の瑕疵がある

原判決は理由の後段に於て「右外地から引揚げて来た被控訴人の近親者等は一応住居を定めて生活しおり被控訴人に於て特にこれ等の者に右建物を使用させねばならぬ必要性のないことを認めることが出来る」を判示せられたのであるが引揚民は何れも縁故者の擁護により一応の住居を定めてゐることは認められるが此一応の住居なるものがすべて永續性のあるものと斷定することは出来ない此一応の住居さへ得難き少数の者は、ルンペンとなり、ガード下や公園等で野宿をせねばならぬ運命にある野宿をせず一応住居を得たとしても之れが一時的な応急措置である場合が多くかくして其住居を捜し索めてゐるのが通例であるから一定の住居を定めて生活して居るからと云ふて最早此等の者には住宅を與ふる要なしとは速斷出来ぬのである故に原判決が斯の如き認定を為すには上告人の近親者が其住居を継續し得へき安全性あるや否やを判定し其理由を示さねばならぬ然るにここに出でざりし原判決は審理不盡又は理由不備の違法あるものである

第三點<省略>

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